「デザインのデザイン」を読んで

引き続き妖怪ウォッチにハマっていて煙草だけ買うつもりで立ち寄ったコンビニでまんまとジバニャンに釣られ、食べないお菓子を買ってしまっている「いいカモ」の堀川です。

今回読んだ「デザインのデザイン」。これは、学生時代の恩師であるグラフィックデザイナーの講師の方に薦めていただいた本です。
最初聞いたとき「すごいタイトルだな」と思いました。デザインをデザインする、日本のデザインを牽引するグラフィックデザイナーである原研哉さんだけあってすごく強気だな、と。また、読み始めてみると堅苦しいというか、すべて規模が大きいといいますか、正直少し読みづらいと感じました。(読み進めていくと後半は全然そんなことないのですが)

白地に黒字。

しかし、さすが原さん。すでに開ける前から本の表紙がかっこいいです。シンプルで洗練されていて、机上にあるだけでちょっと私の部屋のグレードが上がった感じがするくらいにかっこいい。難しそうな本にびびりきっていた私にもすっと入ってきました。
そんなデザイナーズ表紙のかっこいい本を開くと冒頭にこんな一文。「デザインを言葉にすることはもうひとつのデザインである」
さすがですよね。卒がないという言葉は不適切かもしれませんが、さらっと言って退ける言葉がもうかっこいいです。彼自身のすべてがまさにデザインされているという印象でした。堅苦しい文章なんですが、それらはすべて説得力のある言葉ばかりで、苦手なりに丁寧に読んでいくと、本当にとても大事な言葉ばかりでした。

まず、原研哉さんの。

わざわざ説明するのも失礼かもしれませんが、一応簡単に彼のプロフィールを紹介させていただきます。

【原研哉 Kenya Hara】グラフィックデザイナー。
蔵野美術大学大学院を卒業後、日本デザインセンター入社。(現在同社代表)
長野オリンピック開・閉会式プログラム、EXPO2005愛知公式ポスター、AGF「MAXIM」、松屋銀座リニューアル、集英社新書、無印良品アートディレクション、森ビルVI、NTT「らくらくホンベーシック」などのデザインを行う。

で、どんなことが。

本の内容はというと、全体的にこれまでデザインというものがどのように生まれ、どう発展してきたかという歴史的なことや、彼自身が手がけた仕事、作品の話を交えてデザインとは?ということを論じています。デザイナーというと右脳的で、感覚的な頭脳を持っているイメージがありますが、この本を読めば読むほど彼はとことん理論的で、そのことが作用してか、時系列の散らばったたくさんの体験談たちが整然とまとめられていて、うんうん、と常に納得できました。
同時に、彼の語るそれは割とベタな理想論のようなものが多く、これは彼の大きな実績があるからこそ納得できるのだとも思いました。

「あったかもしれない万博」

本当にたくさんの輝かしいお仕事の話が書かれていたのですが、その中でも一番私が印象に残っているのは、「愛・地球博」でのボツ案やたくさんの挫折の話です。
結局は実現しなかったんだけれども、こんな万博が「あったかもしれない」という内容の章で、こういうグッズを作ったのにはこういう経緯があった、こういう展開を予想してこういうデザインを施した、こういう会場を想定していた、など興味深い話ばかりなのですが、その中でも私が興味深いと感じたのは、ノベルティとしてデザインされたガムテープです。彼はこれを「自己増殖するメディア」と評しています。その考え方が面白くて、そのガムテープは単に雑貨やさんにあるようなオシャレガムテープということではなく、実際に使われ段ボールに貼られたとき、その荷物は万博のメッセージへと変容し、メディアとして各地へ運送されます。マグカップにただ万博ロゴをプリントしたところでそれはただの記念品としてその時で終わってしまいますが、そうやって使われていくたびにじわじわとメッセージを発信していき、貼ったその物自体が媒体として変容するところまで考えているのです。デザインするということは、それが完成し、商品となり、買われ使われ、その後…というところまで考えていくのか、と思いとても衝撃を受けました。

結局彼らの描いていた「森で万博を開催する」という構想は、「万博」という大きいプロジェクトでの世論や政府、経済までもが複雑に絡み合った上京の中で頓挫してしまいました。しかし、彼はこのような挫折を経て、「仮にうまくいかない局面があったとしても、デザイナーとしての自分は意図の明確な、意志的な計画に関与したいと思う」と改めて思ったといいます。ある問題があって、それをどう改善していくか?というようなポジティブで具体的な局面にこそデザインを機能させてみたい、という信念があるそうです。そういう強い軸のようなものがデザイナーにはとても大切なように感じました。彼ほど立派なデザイナーじゃないにしても、なかなか決まった正解のないデザインという領域に対して、作り手は常にこれだけは、というポリシーを持っていなかればならないと思います。自分のそれを確立するのはとても大変なんだと思いますが…
ちなみに彼曰く「だから僕の中での万博はまだ続いている。」そうです。いちいちかっこいいですね。笑

「歯ブラシもアイデンティティもデザインされている」

彼のデザインに対する想い、というのがとても素敵だったので紹介します。

人が生きて環境をなす。そこに蓄えられた叡智がデザインである。ペンも歯ブラシも照明器具も、タオルも建築もアイデンティティもデザインされている。
そこに蓄えられた知恵に触れ、覚醒することで世界は違って見える。何かを定義したり記述することで理解するのではない。
既に知っているはずの身の回りのものをまるで初めて見るかのように、そのリアリティにおののいてみることである。
つまり、自分たちが知らず作り上げてきた環境の成り立ちに目覚めていくこと。
そういう営みの果てに、人々は同じひとつのサーフェイスに触れることができる。
人と環境、個と社会、生命と宇宙、その界面にデザインがある

何度もうるさいですが、本当かっこいいですね。笑
デザインは美しいものを作り出すけれども、かっこつけるものではなく、人と人や、自然、個人と社会が互いに関わりあっていく中で、その成り立ちに目覚めていくことで、そんな私たちの周り(もしくは間?)にデザインがあるということですよね。

最初「デザインのデザイン」だなんて、強気なタイトルだななんて思ってしまいましたが、これは本当にデザインにおいてのバイブルだと思いました。そしてきっと、デザインに携わる仕事をこれから始める、始めたばかりの私のような人間が読むことでとても意味がある本だと思います。

出典:デザインのデザイン 原研哉

ちょっと関係ないですが、無印大好きなので。笑

“無印良品”で『これは絶対買うべき』という商品

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